午後四時のお茶会  【2】



★ 二年生・秋 【屋上】 pm.0:12


「じゃじゃーん。お弁当作ってきたのよー」
「…………」
 私の呼び出しに屋上へやって来た友近くんに赤いチェックの布で包んだお弁当の箱を差し出した。
 ドアを閉めた友近くんはぐったりと疲れたように座り込んだ。
「どうしたの?」
「……これ」
 友近くんは握りしめてしわくちゃになってしまったらしい小さな紙を私の目の前に突き出した。
「あ、これ、私が書いたのよ」
「だったら名前くらい書いて下さい!」
「えー、それじゃあ面白くないじゃない」
「面白い面白くないじゃないです。『本日pm.0:00、屋上にて待つ』ってこれじゃあ果たし状じゃないですか!! こんなものを下駄箱に入れるのは止めてください!! 何を考えているんですか!?」
「どうしたら楽しいか」
「…………もういいです……」

***


「それで、味は?」
 恐る恐る箸をすすめていく友近くんは神妙な顔をしている。
 一度箸をおいて大きくため息をついた。
「な、何?」
「本当に不思議でならないんですが、とてもおいしいです。なんでこんなに見た目が悪いって言うのに味はまともなんですかね?」
「え? やっぱりそれは努力と才能でしょ」
「悪運ともいえる気がするんですが……」
「毒を盛られたいみたいね、友近くん」
「……それだけは止めてください」






★ 二年生・冬 【選択E教室】 pm.4:25

「あれ? この箱は何?」
 いつものように選択E教室に行くとやっぱりいつものように友近くんがいて、いつもはない箱が机の上に置かれていた。
「それ、開けてみてください」
「開けていいの?」
「はい」
 プレゼントを開けるっていうのはかなり楽しい。特に中身がわからないものの時はわくわくする。
 何重にも包まれたそれの中身は木箱だった。
 なんだろうと思ってその木箱のふたをゆっくりと開けると、中には一客のカップ&ソーサーが入っていた。
「うわー、この縁のペイズリー柄、かわいいー! 取っ手も丸っこくて持ちやすそうでいいね。いいなあ、このカップ。――あれ、でもこれって前にカタログで見たやつだよね。どうしたの、これ」
 いいなあ、ほしいなあこれ。
 そのためにちょっとずつお金をためてはいるんだけど、どうにも目標までたまりそうもないんだよね。
「差し上げますよ、それ。気に入ってましたよね」
 その言葉に驚いて私は思わずカップを取り落としそうになった。
「わああああ!? やばかったあああ」
 なんとか落とさずにキャッチしてほっと息をつく。
 友近くんも少し慌てていた。
「何をやっているんですか、若月さん!」
「びっくりしたのよううう! あーもー心臓ばくばくいってるわよ。――差し上げるって差し上げるって、私にくれるってこと!?」
「だからそう言っているでしょう」
「だだだだってこれ、すごく高いじゃない!」
 カップをしっかりと持ちながら、焦って言う。自分で言うのもなんだけど、はっきり言って頭が働いていない。
「某ルートで安く手に入ったんですよ。だからカタログで見たほど高くはないです。まあ、誕生日プレゼントということで」
「私の誕生日を知ってたの?」
「……何を言っているんです。この間から自分で言ってたじゃないですか。『誕生日デートは誰としようかなー』とか。それでわからなかったらタダの馬鹿でしょう」
「そそうか。でも、誕生日プレゼントにしても豪華すぎ! 安くなったといっても限度があるでしょう」
「じゃあ、クリスマスプレゼントも込みということでいいです」
「でも〜〜〜〜〜」
 なおもごねていると、友近くんはいつになく鋭い視線を走らせた。
「若月さん?」
「は、はい?」
 なんかちょっと怖いんですケド。
 なんだかなあ、この人地味なことこのうえないけど、目つきが鋭くなるとちょっと印象変わるんだよね。
「玉の輿狙っている人がこれくらいのプレゼントで怖気づいてどうするんです。育ちがばれますよ」
 う。そ、それは痛いところを……。
「別に僕は普段からあなたに騙されているような彼らとは違うんですから、問題ないじゃないですか」
 なんかちょっとひっかかるんですけど。
「それは確かにそうかもしれないけど」
「育ちがばれてチャンスを逃すのは嬉しくない事態でしょう」
「じゃ、じゃあありがたくいただきます」
 私がそういうと、友近くんは満足そうに頷いた。
 あれ? なんか変なんだけど。






★ 二年生・三学期始業式 【選択E教室】 am.11:25

「これあげるよ」
「……なんですか、これ」
「何ってマフラー以外の何に見えるって言うの?」
「もしや、また手作りだったり……」
「その通りっ」
 ねえ、そんなに重箱の隅をつつくように上から下まで網目を確認することないじゃない。
 姑みたいに見えるよ、友近くん。
「意外と、しっかりできてますね」
「それはそうだよ。私、縫い物とか編み物はもともと得意だもの」
「編み方も結構凝ってますね。売り物みたいです」
 ふふん。ちょっと得意になる。
 まあ、ほめられるのは当然だけど、それでもちょっと嬉しい。
「あの食べ物と比べたらすごい違いですよ、見かけ」
 ――おい。
「これだったら玉の輿計画に役に立つんじゃないですか」
「そうだね」
「あの二人にも作ったんですか?」
「ん? あの二人?」
「藤堂氏と各務氏ですよ」
「いーや、作ってないけど?」
 何でそんなことを聞くのかな。この人。
「作ったらいいじゃないですか」
「えー……」
 そうか、やつらにあげるのか……。んー、でもそれってなんだかなー。
「面倒だからやめとく」
「全然役に立ってないじゃないですか、努力が」
 …………そういうツッコミやめようよ。






★ 三年生・初夏 【選択E教室】 pm.4:04

「誕生日おめでとう。はい、これをあげるよ」
 差し出したものをとっさに手を出して受け取った友近くんは顔を引きつらせる。
「これはもしや……」
「そうです、ケーキです。というわけで今食べてね」
「ホール丸ごと、ですか?」
「作ってきたのはホールだけど、別に今すべてを食べろとは言ってません」
「言っているように聞こえるんですけど」
「それは単なる被害妄想」
 にこにこと脅しをかけるように微笑んでいると、友近くんは諦めたようにケーキを入れた箱のふたを開けた。
 中身を見て友近くんは随分と驚いたらしい。
「すごい、おいしそうだ」
「そうでしょ、そうでしょー」
「人間て学習する生き物なんですね」
「おい、どういう意味だ、それ」






★ 三年生・初冬 【選択E教室】 pm.4:37

「若月さん、進路はどうするんですか?」
「私? 私は国公立を受けるよ。お金ないし。友近くんは?」
「僕も国公立です」
「あれ? 付属の大学へは行かないの?」
「行ってもあんまりメリットはなさそうですからね。若月さんもそうでしょう」
「まあその通りなんだけど」
 それって結構あんまりな気も……。
 確か友近くんって初等部からこの学園にいるんじゃなかったっけ? 愛校心とかそういうもんはないんだろうか。
「じゃあ、また同じ学校になるかもだね」
「そうですね」






★ 三年生・二月 【三年二組教室】 am.10:45

 センター試験も終わって入試の本番となった今、誰もいないと思った教室に人がいて、私は一瞬教室に入るのを躊躇した。
 ちょうど中央部の机で勉強していたらしいその人物が人の気配を察したのか顔を上げた。
「若月さん? どうしたんですか」
 そこにいたのは友近くんだった。
「……おはよう、友近くん。勉強しに来たのよ。ここ、暖房ついてるし」
「僕もそうです。この時期は図書館も込んでますからね」
「ここなら誰もいないしね。ほとんどの人間は無試験で内進するし」
「自由登校に入った三年生で学校に来ているのなんて僕たちくらいでしょうね」
「さっき職員室に行ったら似たようなことを言われたわ」
 そんなにめずらしいもんなのかな。中学時代の友達の学校ではめずらしくないらしいんだけど。
「さすがに特待生は違うなあって」
「その相手、褒めているんですか、嫌味を言ってるんですか」
「微妙なラインかなー。高梨先生だし」
「ああ、あの微妙に嫌味な学年主任ですか。それはそれは」
「なんだか知らないけど、あの親父に気に入られてるのかその逆なのか、妙にからまれるんだよね」
「……気をつけてくださいよ、セクハラされないように」
「セクハラ〜? まっさかあ」
「自分だけは大丈夫だと思ったら大間違いですよ」
「そうかな。でも私には力があるし」
「力って何ですか?」
「私、少林寺拳法の段持ちなの」
 ハートマークをつけていうのに友近くんは少し引いている。
「ほほんとうですか?」
「う・そ」
 友近くんは脱力したように机に突っ伏した。






★ 三年生・三月初め 【選択E教室】 pm.3:40

「おめでとうございます、若月さん」
 合格発表の翌日、学校に報告に行ってなんとなく五号館に足を向けたら選択E教室に友近くんがいた。
「ありがとう。友近くんもおめでとう」
 さっき行った職員室で聞いて知っている。友近くんも私と同じ大学に合格したのだ。二人も同じ国立大学に合格して先生たちは大喜びだ。
「また同じ学校ですね」
「そうだね」
「よろしく」
「……よろしく」






★ 三年生・卒業式 【三年二組教室】 am.11:23

「若月さん、卒業おめでとう」
「おめでとう。進路先、みんな決まってよかったわね」
「でも若月さんすごいよね! 国立大受かったんでしょう?」
「そんな……」
 恥ずかしがって見せるけれども内心当然って思ってたりして。
 本当に私は国立でも入らないとお金がもたないんだから必死にもなるさ! お金持ちのあなたたちとは違うのよ!
「美人で性格もよくってスポーツも万能で頭もいいなんて、本当に完璧な人っているのねえ」
「そんなことないわよ」
 ほほほほほっ! まさに当然の評価よね!
「もちろんもてるし。――でも、藤堂くんや各務くんたちのことはお断りになったんですってね」
「私も聞いたわ、それ」
「この学校でも指折りの資産家の方たちなのね。すごいわ」
 そっかあ、お金持ちでもお金持ちに興味があるのねー。というより、そういう世界からドロップアウトしたくないんだろうなあ。
「ねえ、どうしてお断りになったの?」
「ねえ」
 同級生たちにここぞとばかりに聞かれ、ちょっとびっくりした。
 ちょっと待って。
 私が彼らを振ったのは四日前なのに、何でみんな知っているの?
「ど、どうしてそれを……」
「噂で流れているんです。みんなそういう噂には敏感なんですよ」
 ああ、貧乏閑なしって言うものねー。お金持ちは閑があるってことね。
 ふむ。これはどう答えたものだろう。
 できれば彼女たちとの縁は切りたくないし。なんたって彼女たち自身もお金持ちで、お金持ちにコネがある。
 出会いなくして発展なし!
 うまーく反感買わないような答え方をしなくっちゃ。
「みなさん、いい方たちなんですけど、私なんかではどうにもつりあいませんから……」
 さも恐縮したように。
 うん、たぶんこれでオッケー。
 周りの女の子たちははっとしたような顔をした。
「そ、そんなことあるはずないわ! おうちはどうあれ、あの人たちは若月さんには相応しくないわ」
「そうよ! 若月さんにはもっとしっかりした頭のよい人が似合うと思うわ」
「頭のよい人といえば、もう一人噂ではお断りになったとは聞いていない人がいるけれど、あの人はどうなの?」
「あの人ね! そういえばそうだわ。聞いていないわ」
「あの人ならねえ」
「ぴったりかもしれない」
 同級生たちは何やら頷き合っているけれど、何がなんだかわからない。
 いったい誰なんだ? あの人って。
「あの人って?」
 噂に出そうな人間の中に彼女たちがそれほど褒めるような人間はいなかったはずなんだけどなあ。
 すると、彼女たちはちょっと驚いたような顔をした。
「まあ、とぼけなくてもいいじゃない。友近くんのことよ!」
「友近くんが、何なの?」
「彼なら頭もいいし、礼儀正しいし、人間もできているし」
 うん、それは頷ける。
 私も常々そう思っていたから。どうにも地味だっていうのがネックではあるけれど。
 しかし、それに続く言葉は初耳だった。
「それにおうちはこの学校でも一、二を争うほどの資産家じゃないの!」
「………………は?」
「あら、ご存知じゃなかったの? 友近くんは今の理事長のお孫さんでもあるのに」
「え、でも名前が……」
「お母様が理事長のお子さんなんですって。でも一人娘らしいですから、次代の理事長は彼がなると聞いてますけど」
 何それ。そんなの知らない。それに――。
「お家にたくさんご家族がいるとか聞いたのだけれど」
「あら、それ、本当にご家族ってお聞きしました?」
 そう問われて思い出すと、そういえば家族とは言っていなかった。友近くんは「たくさん人がいる」って言っていたんだ。
「いえ……。『たくさん人がいる』って」
「だったらそれ、使用人だと思うわ。あの人のうち、うちの両親と何度かうかがったことがありますけれど、それは大きなお屋敷でしたもの」
「そうそう、たくさんいたわ」
 何人かがそれに頷く。
「会社は経営していないって……」
「そうねえ、学校は会社とは言わないでしょうしねえ。それに大株主ではあるけれど、あの人のおうち自体が会社を経営はしていないと思うわ。まあ、重役ではあるでしょうけど」
 ……ってことは何?
 友近くんは庶民じゃないの?
 しかもこの金持ち学校の理事長の孫で、次期理事長で、一、二を争うくらいのお金持ち!?
 何それ!?
 じゃあ、何、私が騙されてたってこと!?
「ええええええ〜〜〜〜〜!!」
 我を忘れて大声を出してしまった私に、クラスメイトはみんな目を白黒させていた。
 ―――やばい、失敗した…………。






★ 三年生・卒業式 【選択E教室】 pm.0:45

「だましたわね、友近くん?」
「何がです?」
「あなた庶民なんかじゃないじゃない!」
「ああ、そのことですか」
「そのことですかってねえ!」
「何時気がつくかと思っていたんですけれど、やっと気がついたんですね。でも、言っておきますけど、僕は別に自分で庶民だとは一言も言ってませんからね。若月さんが勘違いしたんですよ?」
「それは……」
 確かにそうなんだけれど。
「僕が金持ちだからって何が変わるんです?」
「…………それは言えない」
 だって言ってしまったら、もう戻れないから。
 もごもごとらしくもなく戸惑っていると、友近くんは真剣な顔つきで私に言った。
「その答えは、変わってくれるってことですか、若月さん」
「え?」
「変わってくれるってことですよね?」
「それってどういう……」
「それを言わなくてはいけませんか?」
 私を見つめる友近くんは、もう全然地味ではなかった。
 なんで今まで気がつかなかったんだろうってくらいに。

***


「真っ赤ですよ、若月さん」
「……馬鹿」
「その言葉は、そのままお返ししますよ」

〔END〕

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 ……自分が一番楽しみました。はい。一万HIT記念創作でございます。
 これ以上ないってくらい楽しかったです。この文体というか、書き方も初チャレンジで結構戸惑いましたが。
 調子に乗って書きすぎましたがいかがでしたでしょうか。ぜひご感想を!
 UpDate.2002.12.2

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